生け花を始めて

私の両親は、外資系の空港会社にそれぞれ勤めている事もあり、海外出張が多い生活を送っています。そのような環境に育ったこともあり、私の身の回りの教育係は、母方の祖母が全般を担ってくれました。私は、母から、生け花を習うよりも先に、祖母から手ほどきを受けました。幼少期から、自宅に、子供用のおもちゃがほとんどなかったので、私は庭の草花で遊ぶ事が常でした。縁側で、庭の草花を束ねて、花瓶や剣山に生ける祖母の姿を見ながら、よく隣に座り真似をしたものです。祖母は、私の生ける生け花の手直しをしたことはありません。私が生けたいように、いつも生けさせてくれました。私は、祖母が生ける手元や、草花の扱い方を注意深く観察していたので、ほとんど注意を受けるような事はありあませんでした。海外遠征から帰国すると、母は必ず、花を生けます。この花が枯れないうちに、戻るからねと言いながら、楽しそうに花を生けていきますが、世話をするのは決まって私の役目です。生け花は、生ける場所や、生ける環境によって、その寿命は大きく変わるからです。陽の光が必要なものもあれば、そうではないもの、時には、先に朽ちたものを取り分けて、別の花瓶に生け変えたりもします。私は、母が生けた花々を、彼女の帰宅まで、枯らさないという使命感をもって毎日世話係をしています。父親は、生け花には興味はないようですが、人知れずフラワーアーティストとして私が著名な人物になるような夢を描いているようで、私の作品をスマートフォンで撮影しては、自身のインスタグラムに無名のフラワーアーティストの作品風に勝手にあげているようです。特に、「いいね」がたくさんつくと、楽しそうに教えてくれます。

生け花は生涯のパートナー

私の知人に中卒で生け花を楽しんでいる人がいます。今日はその知人Sの話を書き綴りたいと思います。

生け花を職業として、生活を養っていく気持ちは全くありませんが、「生け花」は、知人Sの生涯のパートナーということでした。Sが中卒であることを公表すると、多くの人々から「なぜ、高校に進学しなかったのか?」と質問される事があります。そのような質問をする人たちに、Sもこう問いてみたいと思ったそうです。

「なぜ、皆さんは、高校へ進学したのですか?」と。

知人Sが中学校の担任の先生と進路相談をした際に、すでに高校へは進学せずに、町内会の町工場で働きたい思いがあったので、その旨は伝えてありました。S自身の成績は、常に学年では5番以内の順位を保っていたので、担任の先生は、当初、鳩が豆鉄砲をくらった時のような顔をしていましたが、Sが何か心の闇を抱えてそのような決断をした訳ではない事に、理解を示すようになってからは、Sの決めた進路に対して賛成も反対もしませんでした。S自身は、自分の生活費を、自分自身で稼いでみたいという希望がありました。勉強する事は、嫌いでも苦手でもありません。働きながら、社会性を身に付け、そういった生活の中でも勉強をする事は可能です。人生に必要なもの全てが、高校生活に在る訳ではないはずだと、Sは中学生ながらに実感していました。まずは、自分の生活費を稼ぐ技術を身に付け、そこから、自分なりに豊かな人生を送りたいと考えた結果、高校進学は自分には必要がないと結論が付きました。自宅近くの工場で汗を掻きながら、一日働き、満員電車に無理して乗るような事もせずに、徒歩15分で帰宅し、庭の草花に水をやり、日の良い夕暮れには、川原に散歩に行き、夕食の買出しなどを済ませ、家族の夕飯の支度などをします。夕食の片付けが早めに済んだ時などは、庭の草花を縁側で生けたりもします。そのようなSの暮らしぶりを気にかけて、「フラワーアーティストや華道家になってみたらどうかしら?」と声を掛けてくれる町内会のオバちゃんなどもいますが、フラワーアーティストや華道家でなくとも、生け花はできます。

免許がなくても、肩書がなくても生け花はできるのですから、あまり肩ひじ張らずにまずは生け花を楽しめたらいいと思います。

フラワーアーティストって?

「趣味は生け花です。」などと、自己紹介すると、どちらの流派ですか?どちらのスクールですか?どちらの先生につかれてますか?などといった質問を受ける事があります。私自身は、幸いであるのか、身内の者たちが、生け花を好んでいたので、暮らしの中に、常に花があったのです。スクールやフラワーアーティスト、華道家、いけばな作家といった、先生たちにつかなくとも、日常生活の中で、花を生ける習慣がありました。身内の者たちは、華道の師範としての資格などを取得していましたが、私の中では幼少期から、日々、草花の世話をする習慣の中で、生け花をする事が常でありましたので、資格を取る、または流派を選択するなどといった考えは、全く浮かびませんでした。庭に咲いている、元気の良い花々を切り分けては、手ごろな花瓶に生けたり、気分によっては、剣山を使かってみたり、特別に先生の手ほどきを得なくとも、周囲の人々の手元をみながら、子供のおもちゃ代わりに、草花を生けたものでした。

初対面の方々への自己紹介の際、「趣味は生け花です。」と伝えると、質問攻めに合う事が、どうにも好きにはなれなかったので、最近、「趣味はフラワーアレンジメントです。」と言い換えてみたところ、フラワーアーティストさんなのですね?と言われてしまったので、先日は思わず、「はい。」と返答してしまいました。なぜ皆さん、花を生けることに肩書きが必要であるのでしょうか、私には見当も付きません。肩書きがないと、自由に花を生けることができないとでも言うのでしょうか?過去に一度、フラワーアーティストさんですか?と聞かれ、「違います。ただ、庭の花を自由に生けているだけです。」と応えたとたん、明らかに興味のなさそうな顔をされてしまった事がありました。なんとも残念な気持ちになりましたが、世間とは、肩書きやレッテルが、名刺代わりになるのだからと毎回自分に言い聞かせています。